心に残る人

心に残る人

君は心に刺さるから、忘れ難くて…。

心に残る人
笑顔で思い出す君との思い出

笑顔で思い出す君との思い出

 誰の心にもたぶん一人くらいは、心に残る人というものがある。それぞれに理由があって残っているんだろうが、それにしたってその残り方はないよなっていう、そんな人の話を聞いた。話の出もとは、高校時代に同じ部活で仲の良かった野郎だ。月に一度会うか会わないかといった付き合いなのだが、それももう5年も続いている。よく飽きないなと自分で自分をほめてやりたいと思った。

 それで、その悔しい残り方をした人の話なんだが、これが、ねぇ。話してしまえば、ああ確かにその思い出の残り方は嫌だなと言うにちがいないんだろうが、そのせいでその話さえもしづらい。なんでかって?だって言われた側に立って考えると、言われるのは嫌じゃん?お前あいつにこれこれこんなふうだったって記憶されてるぞ!みたいなことを直接言われたとしたら俺は嫌だし、ましてや自分の知らないところで勝手に話されて笑われるのも嫌だもんね。

 そんなことを考えながらの帰り道、電車が止まったのでホームに降りた。どこかから美味そうな蕎麦の匂いがする。

 「あれ?北沢じゃない?どうしたのこんなところで。」

 かけられた声に思わず振り向いてしまうと、そこには例の残念な思い出の君がいた。驚いた偶然だ。

機械オンチと方向オンチ足すと最強

機械オンチと方向オンチ足すと最強

 昨日まで帰っていた実家があるのは、この街から百何キロか向こう。そして月一で会っている野郎もその街にいる。俺達の高校はその街から少し離れた都市部にあって、その残念さんは、その高校での思い出話だ。なのでまさかこんなところでバッタリ再会するとか、思ってもみなかった。

 「どうしたの?黙りこんで。ていうかさ、あんたココらへん詳しい?もしそうなら案内してほしいんだけど。」

 どうしようかと考えるところまで俺はまだ追いついていない。なにせびっくりしすぎて、未だ一言も返せていない現状だ。

 「ちょちょちょ!ほら!区民会館って所まで案内して。ぼーっとしてないでさ!」

 強引に手を引っ張られて、ホームを連れて行かれる。仕事帰りの人で賑わう少しだけ大きな駅だ。引かれながらドンと、すれ違う人と肩がぶつかったりもした。

 「きたざわ!どんくさいよ。さっさと用事済ませて宿に行きたいんだから。ほら、急いで」

 容赦無いひっぱりが、その言葉でピタッととまった。見ると片手で携帯を出して、メールチェックをはじめている。

 「文京区・・・これなんて読むんだろう?ね、きたざわ、これ?」

 後楽と書かれていた。

 「住所あるなら、スマホでマップ開けよ。」

 ようやく出た言葉が、それだった。

 「好かん。スマホとかでっかすぎてしゃべるのも大変だし!」

 「・・・ああ、そうだったな。お前、機械オンチのまんまなんだな。」

 「オンチと違う!体質が合わないだけ!こう見えてもテレビとビデオの配線なら得意なんだから。」

 「・・・今時、配線する? 無線でつながんだろが。」

 「好かん!ケーブル繋いだほうが音とか画質とかいいもん!」

 かわんねえなぁ。と、思った。5年会ってないのにあの頃のまんまの会話がある。俺は少し笑って、そいつの携帯を覗きこんだ。

 「えーと、文京区後楽の・・・」

 「きたざわ!スマホ使えるの?!」

 「どういう意味だよ・・・。今時使えないほうが珍しいってのに。」

 「いや、だって、きたざわってあたしと同じくらいの成績だったじゃん。なのにスマホ使えるんだ・・・」

 「おいおい、なんだその『だったら私も頑張れば使えるかも』みたいな目は? 」

 「だって、きたざわにできるんだよ!だったら私にだってできないわけないじゃん!」

 そうなんだよな、この馬鹿。いや、成績どっこいどっこいだからそう言ったら俺も馬鹿なんだけど。

 

心残りと言わば言え。

心残りと言わば言え。

「あー!!時間があと十分しかない!! ほら、きたざわ、早く案内してー!」

 「なつき、よく聞け。ここに行くならもうひとつ前の駅からだ。」

 「えー!?」

 「ここからだと、歩いて20分はかかる。電車でひと駅戻れば、歩く時間を入れても10分ちょいだ。」

 「それでも遅刻じゃない!!どうしよ、ねえ、どうしよ!」

 おろおろと慌てるさまが本当に残念さんだ。これで口を開かなけりゃ、学年で1,2を争う見た目だったのにな。

 「なつき!とりあえず先方に電話して、少し遅れるって。理由は・・・電車の遅れでって言っとけ。」

 「なるほど!さすがきたざわ!」

 ピポパポっとガラケーの電子音がした。なつき、この残念さんの名前なんだが、フルネームは 結城 なつき という。ちなみに俺の名前は 北沢 大成。実は俺達、幼なじみだ。保育園から同じ学校に通っていたと思う。クラスも同じクラス率高かった気がする。昔っからこんな感じで、ひとりでひとしきり大騒ぎして、まわりにいるみんなを巻き込みながら生きてきた奴だ。

 「よかった。病院大丈夫だって。」

 「は?」

 「だから、病院にね、母ちゃんのお見舞いに来たんだわ。6時まで面会できますよって言われてたから焦ったよ。」

 「どっか悪いのか?おばさん」

 「いやいやいや、大したことない。ちょこっと腰が痛いって検査受けたらヘルニアで、昨日かな、手術したところ。」

 「お前、それけっこう大したことだぞ。」

 「父ちゃんもやってるし、うちだと大したことないになるみたい。」

 はぁっとため息がでた。

 「ねえ、きたざわ。ここで電車待ってたらくる?」

 「あ、ホーム向こうだ。ほら、行くぞ。」

 「うん!」

 てくてくと歩くなつきの横顔を見て、俺はなんだか懐かしい気持ちがいっぱいにわいてきた。手に持った荷物をぶんぶんと振り回して、なにか聞き取れないくらいの小さい声で歌をうたっている。まったく、かわんねえなあ。

 「そだ、きたざわ。私来月結婚するよ。式くる?」

 「結婚って、また大仰なことをさらっと言ったな。普通ははがきとかで連絡してくるもんじゃねえのかよ?!」

 「だって私、きたざわの連絡先しらないもん。」

 「うちの母ちゃんに聞けばいいだろ!?」

 「聞いたらさ、なんか難しい顔されちゃって。あの子が残念がるから、呼ばないでやってって言われちゃってさ。」

 「うちの母ちゃん何をどう思ってんだ?!」

 なんだかおかしなことになっているらしい。まあ、毎度のことだが。

 

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紫 の 雲 靉靆 と 棚引き

いつかどこかで

夢のまたその先へ

喧騒と香り

「そんな難しいことを言ってねえだろう!」

 

 大きな怒声が突然に店内に響き渡った。

 昼過ぎてお茶の時間より少し前の、ファミレスでのことだ。

 

「難しいか難しくないか、決めるのはあんたか?! 俺ら技術者が言う難しいの意味もわかんないくせに何言ってんだ!」

 

 ウェイトレスが声のした方を見ながら僕の席へとやってきた。トレーに載せた水入りのグラスを置くと僕をようやっと見て言った。

 

「すみません、騒がしくて。」

 

「いいえ、大丈夫。慣れてますから。」

 

 え?と、僕の返事に少し戸惑いながら、ご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びくださいとそう言ってウェイトレスの娘は厨房の方へと帰っていった。 店内に他の客は見えない。 くの字型をしているホールの、たぶん逆側の先端あたりに声の主たちはいるのだろう。

 

「だからおかしいって!なんでそうなるんだよ?! よそはよそ、うちはうちだろ! 前のトラブルの時にあんたそう言って自分の責任をごまかしたじゃないか!」

 

 声を聞いた限りでは、歳の頃はおそらく20代半ばか後半。 先ほどの言い分から何かの技術者なのだろう。 昔ならまだ駆け出しの頃合いで、言い分はもう一人前といった感じがする。

 

「前の時は俺は俺でけつをもったろう! お前らに責任をおっかぶせたりしたか?! 自分で何とかできるときはこんな頭下げてまで頼まねえよ! 俺じゃあどうにもできねえから、お願いしますってこうして頭下げてるんじゃねえか!」

 

 こっちの声は、僕ぐらいだろうか? もうすぐ50歳になるかならないか。 人生の折り返しを過ぎて、一人前に仕事しなきゃいけないって社会的責任感や世間的な建前やらが気になる頃合いだろうに、若い技術者とほぼ同じ目線で会話をしている。 すごいな、と思った。

 

 

サイフォンの音とシルバーの感触

「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 

 メニューを開きっぱなしであれこれと考えていたのを、どうやら注文で悩んでいると思い違いされたようだ。 10代のアルバイトだろう娘が、トレーを片手に僕の席へと来て尋ねた。

 

「ああ、もう少し待って。 あの騒ぎに気を取られちゃって、なかなか選べないんだ。」

 

「奥の3名様のお席ですね。 あの人たち、毎週これくらいの時間にやってきていつも言い合いするんです。 店長とかマネージャがちょうどいないから、私たちも手が出せないんですよ。」

 

「わはは、それは困ったね。 厨房にも社員さんとかいないの?」

 

「残念ですがいません。 厨房の人たちはこの時間は休憩ですから、だいたい外へパチンコしにいくか、休憩室で仮眠とってますよ。」

 

「へー、そうなんだ。 大変だね。」

 

「けどまあ、私も一応ここの社員ですから。 いざとなったらご対応します。 うるさすぎるようでしたら言ってくださいね。」

 

「あ、ああ。 その時はお願いします。」

 

 そう言って話がすむと、ウェイトレス姿の娘さんはまた厨房の奥へと帰っていった。 10代のアルバイトだろうと思い誤っていた僕は、彼女の去った後でペコリと頭を下げ詫びた。

 

 

温めたミルクとバターを塗ったブレッド

「だーかーらー! そこをそんなふうに話まとめてくるから! だからこんなことになるんでしょが! おかしいと思いません? 社長?!」

 

 奥の方からまた、さっきの若い方の声が鳴り響いてきた。 この声の主もひょっとすると20代ではなく、見たら僕と変わりない年齢なのかもしれない。 そう思ったらもうひとりの声の主も、あちらは案外20代の若者かもしれない。

 僕はそんな勝手な想像で少し吹き出して笑ってしまった。

 

「お決まりですか?」

 

 すかさず、ウェイトレスが顔を出して僕の方を見る。 どうやらよほど暇だと見える。 ぱちくりっとした瞳をくりくりさせて、トレーを片手ににじり寄ってくる。

 

「ま、まだ。 まってまって。 ちょっと、ツボに入っちゃって。」

 

 僕はさっきの想像と、ウェイトレスさんのにじり寄り方が、おかしな具合にミックスされて、笑いをこらえることができなくなった。 くっくっくっと、抑えても笑いがわき起こってくる。 苦しくてつい胸を抑えて咳き込んでしまった。

 

「お客さん? 大丈夫ですか? お客さん??」

 

 ガタガタっと奥の方から音が聞こえてくる。 そうして「どうした!どうした?」っと、男たちの怒ったような声が聞こえる。 それでも笑いがとまらずに押し殺している僕は、胸と腹が痛くて動けない。そのままシートに転がった。 ウェイトレスさんが駆け寄って僕の背中をさすりはじめる。 男たちの声と、分厚い手が、僕の頬をパチンと叩くのが感じられた。 薄目をあけて見ると、驚いたことに男たちは皆20代から30代のようだ。 ウェイトレスさんと並んでいるのを見ると、ウェイトレスさんもかわらない年頃に見えた。 それさえも、おかしかった。

 

「私、救急車呼んできます!」

 

 そう聞こえたウェイトレスさんの声に、これはまずいと、僕は体を起こした。

 

「おお! 気がついたみたいだぞ!」

 

男たちの喜びの声が、店内を渦巻いた。

 

「本当ですか? 大丈夫ですか? お客さん?」

 

ウェイトレスさんがまた駆け寄ってきて、僕の顔色を確かめるようにまじまじと見つめてきた。

 

「だ、大丈夫です。 それよりも・・・」

 

「それよりも?」

 

 皆、息を呑んで僕の言葉を待っている。

 

「コホン。 すみません、少し調子が悪くて。 お騒がせしました。 ありがとうございます。」

 

 僕は席を立って、駆け寄ってくれた男たちに感謝をこめて頭を下げた。 そうして次に、ウェイトレスさんに頭を下げてこう言った。

 

「背中をありがとう。 おかげで大事なくてすみました。」

 

「いいえ、そんなこと。 大事なくてよかったです。」

 

 こうして、よかったよかったと男たちは自分たちの席へと戻っていった。 ウェイトレスさんは新しい水を持ってきてくれた。

 

「ほんと、無事でよかったです。 ありがとうございました。」

 

「いいえこちらこそ。 ありがとうございました。」

 

 なんだか色々と思い込みや思い違いでコミュニケーションが弾んだある日の出来事。 そんな感じだ。

 大きな窓から見上げた空には、いつかどこかで見たような、大きな夏の雲がポッカリとたなびいている。 大事ない日常。