4. 幸福になる第一のルールは、 自分の不幸について 決して人に話さないこと。

 家につくと望外の客がいた。昼間に見た被害者と呼ばれていた相手だ。

 「ちょっと、どういうことよ!これ!?」

 「わー!姉ちゃんまったまった!」

 「何をどう待てっつんだよ!ああ!?どういうことか全部話せや!このボケ!!」

 「…姉ちゃん、引退して10年ぐらいたつんだから、それやめよ。頼むから。」

 被害者の女性は、頭にちょこっと包帯をしているだけでそれ以外には外傷は見当たらない。

 「まあまあ、おちついて。キミちゃん、お腹すいてない?」

 「すいてないよ!てか、お母さん!この状況を何受け入れてんのよ!?」

 「だってねえ、こういうこともあるでしょう。というか、あなたが高校卒業するときに連れてきた怖い人たちと比べたら、平気じゃないのよ〜。」

 「どっち?平気なの?平気じゃないの?どっち?」

 さてどっちだろうね〜と言いながら、母さんは台所の方へと歩いて行った。

 「で、何しに来たの?慰謝料の請求?」

 「姉ちゃん!そういう言い方は…。」

 「じゃああんた!この状況で他に何があるって言うのよ!」

 場の空気が一気に緊張していく。これは、懐かしの、修羅場だ。

 「たく、姉ちゃんはそんなだから嫁の行きてがないんだぜ。俺を見ろよ、こうやってちゃんと連れてきたろ。嫁さん。」

 はあ?!っとなってしまった。

 「はじめまして。あの、私健吾くんと同じ大学に通っている、西山京子って言います。」

 はじめて被害者が口をきいた。以外に可愛い声だ。

 「今日はあの、健吾くんに話があって、それであの…。」

 「後をつけてたところで、たまたま飛んできた石がガラスを割ってその破片でちょこっとおでこを傷つけたんだよな。」

 「あ、はい、そうです。」

 「そしたらさ、そこにたまたまあの若い巡査が来てさ、それで交番まで連れてかれていろいろ話をしているうちに、こういうことになっちゃったわけ。」

 え?っと頭の上でクエスチョンマークが踊った。

 「…それなら示談も何も、書類送検される前に被害者側から問題ないって言えばそれですむ話じゃん?」

 「さすが、場慣れしてきただけあるね。」

 健吾が変な合の手を入れてくる。

 「私もそうしようと思ったんですが、あの、怖い感じのお巡りさんが調書だけでもとるって言い出して。」

 「…なんで?」

 「わかりません。」

 「アレじゃない?年末で成績がどうとか、スピード違反の取締みたいなやつ。」

 「んだっとー!あのポンコツお巡りめ!ちょっと文句言いに行ってくる!」

 「駄目だって姉ちゃん。このままほっとこ。」

 「それこそなんで!?お前このままじゃ前科ついちゃうんだぞ?!」

 そこまで言ってハタッと気づいた。

 「お前…。」

 「姉ちゃんが騒ぐとまた昔のことぶり返されっかもしれないっしょ。そんなの面倒じゃん。せっかく落ち着いてきたってのにさ。」

 「…ざっけろ!ったく…。」

 「前科ったってどこに晒されるわけでもないしさ。大学だって調べないでしょ。仮に調べられたってどうってことないけどね。」

 まったく、この馬鹿はいっつもこうだ。どこまで出来杉くんなんだよ!

 「あらあら、話は終わった?」

 「お母さん!どういう教育したらこんなふうに育つんだよこいつ?!」

 「おかしいわねえ、私があなた達のお母さんになってからは、ふたりとも同じように接していたはずなんだけどねぇ」

 「姉ちゃんから教わったことがほとんどだよ〜。」

 するとそこに、被害者から嫁に代わった京子さんが割って入ってきた。

 「ご心配かけてごめんなさい。これからはお義姉さんを見習ってちゃんとしっかりします。」

 母と弟が顔を見合わせてから言う。

 「それだけはやめて。お願いだから、見習わないで。」

 こうして私の家にまたひとつ、幸せがやってくるのが感じられた。あとでお父さんにちゃんと報告しておこう。

3. 幸福は降ってこないし与えられもしない。 自分でつくるもの。

 「お疲れ様でした。お先に失礼しまーす!」

 夕方にオーナーがシフトに入るのと入れ替えに、私は店を後にした。幸いなことに誰からも細かいことは聞かれなかったけど、なんだかモヤモヤし続けている。おかげで頭痛がどっかいっちゃった。いなくなるとなんだか寂しいのが頭痛持ちの悲しい性である。

 家には、あの後すぐに連絡を入れておいた。母さんはやっぱり大慌てでうろたえていたけど、ちょっとだけ慣れた感じもしてそこがなんだか申し訳ないというか、ごめんなさいといった気持ちになった。けどまあ、今はそのことはいい。

 「あ、母さん?どう?健吾帰ってきた?」

 電話に出た母さんは、もう落ち着いた様子でこちらの問に簡潔に答えた。

 「いるわよ〜。ふふ、ふたりでね〜。」

 なんだ気持ち悪い。母さんが健吾大好きなのは知ってるけど、今は私のお母さんでもあるんでしょ!ふたりでいるとか、そんな惚気聞きたくないわよ!

 「キミちゃん、まっすぐに帰ってきてね〜。早くよ、お願いね〜。」

 はいと答えて電話を切る。まったく、20年近く一緒に暮らしてて似てきたなってとこがこれっぽっちもない!あのふたりは!!私に!!!

 原チャリにまたがると、一路家へと急ぐ。いったい何があってあんな大騒ぎにしたんだ?あの馬鹿、どういう魂胆だ!?

 途中やけに赤信号につかまることが多かった。夕焼けがまぶしくてちょうど良かった、事故らないですむ。

2. 悲観主義は気分から。楽観主義は意思からはじめる。

 昼のハードな時間をなんとか乗り切って、つかの間の安らぎの時が来た。まかないに出された生姜焼きがとっても美味しかったので、気分も少しだけ上向いた気がする。

 「来栖さん、なんかパトカー来たけど。」

 調理担当の鈴木くんがお昼の休憩で行っていたコンビニから戻ってきて、そんなことを言った。

 「なによ、スズッキなんかやった?」

 「俺じゃないですよ。それよりも、来栖さんの義弟さんじゃないっすか?」

 「健吾?はぁ?なんで?!」

 「いやだって、一緒に来てますもん。パトカーに乗って。」

 「何?どうゆうこと?!」

 慌てて裏口から飛び出すと、そこに三人くらいの警察官と健吾の姿が見えた。あと他にも何人か人が集まっている。

 「健吾!なに、どうしたの?あんた何やったの?」

 言いながら人だかりの方へ駆け寄ってみると、20代くらいの若いお巡りさんが前に立って言った。

 「お知り合いですか?」

 「私の弟です!いったい何があったって言うんですか?」

 「お姉さんですか。なるほど。」

 言いながらそのお巡りさんは、ボードに載せた紙になにやら書き込んでいる。

 「こちらの方が先ほど出頭してきまして、この中で起きた傷害事件の犯人だと自供しました。今は現場検証です。」

 「何よ!傷害事件て!うちの健吾はそりゃ馬鹿だけど、けどいい大学に通ってんのよ!馬鹿なことはそりゃ山ほどしてきたけど、人様に怪我させるなんてそんなことあるわけ無いでしょ!」

 「そう言われましても、実際に被害者の方がおられますし…。」

 言われて見ると、お巡りさんの指した方向に頭に包帯を巻いている20代くらいの女性が立っている。

 「なんで、おかしいでしょ。ここのコインランドリーは昼間は誰も利用しないって有名なのよ。なんであの人がここにいたのよ。」

 「そう言われましても、実際にいらっしゃったわけですし…。」

 「馬鹿じゃないの!どうせあの娘が若いからって言うこと真に受けてホイホイ全部丸め込まれたんでしょう!」

 「そう言われましても…。あの、弟さんがですね、自分がやったと自供もありますので…。」

 「馬鹿じゃないの!ちょっと、健吾と話をさせなさいよ!」

 お巡りさんは困った顔で健吾の傍にいるもう少しだけ年配のお巡りさんに、何かを相談しに行った。

 「どれどれ、ご家族様なんですよね。」

 年配のお巡りが近づいてきた。物腰からなんとなくお巡りさんと愛情込めて言いたくない感じの、例えるなら事情聴取の時にカツ丼食べさせれば犯人はゲロするって決めつけているような、そんなおじさん。

 「弟さんに伺って、被害を受けた方と一緒に事情聴取に来ただけですから。もうすでに示談も決まってますのでどうかここは穏便に…。」

 「ふざけたこと言うなってんだよ!何が示談だ!!うちの健吾がそんなことするわけないって言ってんだろう!」

 「ちょっと!姉ちゃん!!」

 健吾がすぐ傍まで来て、珍しく私のことを姉ちゃんと呼んだ。

 「姉ちゃんが暴れるとまとまりかけた話がぶっ壊れるから。頼むからおとなしくしててくれよ〜。」

 相変わらず語尾が情けなく伸びる。これだからこの馬鹿義弟は…。

 「どういうことよ!なんであんたが出頭してんのよ!!これってあれでしょ?朝のアレが原因でしょ?」

 「そうなんだけどさ、けどそれだけでもなくて。」

 「どういうことなのよ!今すぐ説明しなさい!」

 お巡りさんがこちらをジロッと見ているのが気になるけど、何があってこんな大事になっているのかわけがわからない。

 「後で説明するから。だからとりあえず、お店戻ってね。姉さん。」

 あれ?姉さんと呼んだ。これは何だか大マジなやつだ。

 「とりあえず事情聴取を終えたら、そこで書類送検しておわりですから。」

 おっちゃんのお巡りが睨みつけるように言う。

 「そういうわけなんで、姉さん。夕方には帰るって家に連絡しといてね。」

 馬鹿健吾め!いったい何がどうなってこうなったんだかちゃんと説明しろよ!

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1. 負の感情は自然には湧いてこない。自分でつくっている。

 朝からずっと頭痛が消えない。なんで今日はこんなについてないんだ?と、イライラする気分。まったく、朝イチであの馬鹿から電話がなきゃもう少しはいい気分だったかもしれないのに。

 「バーテンさん、何かオススメのカクテルはないかな。」

 イラっとした。朝イチの馬鹿がこんなところまで押しかけてきた。もー、やってられない!

 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。ふざけないからお願い、いかないで。」

 それすらもふざけているって、わっかんないのかな!この大馬鹿!!

 「ちょっと、お店開けっ放しでどこか行っちゃっていいの?俺代わりにやっとく?」

 「やっときなさい!」

 イライラしながら、店の裏口へと出た。頭痛がひどすぎて全然やる気になんない。そもそも、弁当屋が忙しくなるのはもう少し後のことだし、調理場のヘルプが来るまではサボってたって売上になんか影響ない。それよりも何よりもあの馬鹿の顔!あんなの見たらもう絶対に逃げなきゃヤバいって。やってられないって。ふざけんな!だよ!この大馬鹿め!!!

 「ちょいと、キミちゃん♪ レジの打ち方おせーて欲しいんだけど〜。」

 「だめ!そんなの教わっても中からお金抜いて行っちゃうだけでしょ!あんたみたいな大馬鹿にそんなリスク冒せるかっての!」

 「ちぇ、バレバレ。じゃあさ、こっちにある食べ物、何か恵んでよ。俺、昨日の昼くらいからなーんも食ってなくて。」

 「バッカじゃない!なんで私があんたに恵んであげなきゃいけないのよ!その前に、ちゃんと返すもの返してよ!」

 「あーあ、それ言っちゃうかぁ。じゃあしょうが無いなぁ。退散しますかぁ。」

 大馬鹿野郎がひょこひょこっと、私の脇を抜けて裏口へと出てきた。

 「健吾!もういい加減にしてよ!!なにいつまでも私やお母さんに心配ばっかりかけるのよ!」

 「えー?!心配なんてかけてないってー。どっちかって言えば、キミちゃんの方が母ちゃんには心配かけてるぜー。」

 「え?なんで?!」

 「だってー、キミちゃんもう30歳になるじゃん。なのにまだ独身でさ、仕事も弁当屋のアルバイトだしさ。」

 カチンときた。足元にちょうどいい石があったから、思いっきりぶつけてやろうと振りかぶって投げた。そしたら、遠くでガラスが割れる音がした。

 「…キミちゃん、そりゃヤバすぎっしょ。」

 「あんたが悪いのよ!あんた、代わりに謝って来なさいよ!」

 「はいはい。ったく、しょうがねえなぁ。」

 そう言うと健吾は、ヒョコヒョコっとガラスが割れた方へ歩いて行った。たぶん、方向的に隣のコインランドリーだと思う。この時間なら利用する人もいないはずだし、様子見て適当に逃げるだろう。

 「まったく!あいつが来るとろくなことがない!!」

幸せな人