夢をみる人

明日があるから夢を見る

今しかないから振りかえる

いつか猫たちが文明を持ったら

 「いつか、この猫たちが僕らよりも進化して、そうして文明を築いたら、今僕らがやっていることを、どう伝えていくんだろうね。」

 野島 祐悟はそう言って、僕らを見下ろすように階段の上から見下ろして言った。

 「なんだよ、保護した猫たちの去勢をやめろって言うのかよ?」

 「いつの時代のどこの国で、同じようなことを人に対してもやっていたって知ってる?」

 「宦官とかの話?聞いたことあるけど、それと一緒にするのはちょっと違うんじゃないの?」

 野島の攻撃的な物言いに、水島 純一と北原 鈴菜が食って掛かって言い返した。けれど野島の表情は変わらないで、射るような目で僕ら三人を見据えて、怒りながら抑えているといった口調でさらに攻撃をしてくる。

 「去勢されたら、もうその猫は子孫を残せないよね。」

 「しなかったら春先には子猫が生まれて、5〜6匹づつ増えてくのよ。二匹がそんだけ増えるんだから、それが毎年になったら大変なことになるでしょう。」

 「大変なこと?それって、どうなるって言うのさ?」

 「馬鹿じゃないの!?子猫が増えてそこら辺に捨てられて、そうしたらまた保健所で処分される子が増えて、って想像力もないの?」

 野島の目線が、鈴菜に集中していく。思わず僕と純一も鈴菜の方を見て、そして力強く頷いた。

 「馬鹿は君だ、北原 鈴菜。そうやって目の前の問題にばかりとらわれるから、全体が見えない。」

 「なによ!その言い方!全体ってなんのことよ!?」

 野島の目つきがさらに厳しくなっていく。あの目は本気で僕らに対して怒っている目だ。

 「だからさっき言ったろう。猫たちが僕らよりも進化して、そうして文明を築いたらって。そう考えて、今どうすべきかを考えなきゃ、今君がやろうとしていることは単なる種の根絶だ。」

 「根絶されるわけないでしょう!世界中に猫がどれだけいるって思うのよ?」

 「人よりも多いとは言えない。飼い猫に関しては2003年の時点で、おおよそ世界中に6億2千5百万匹いるといった報告も出されている。日本だけで言えば7百30万匹、2014年には9百8十万匹に増えたという調査報告もある。」

 そこまで言い終えて、野島は深く一息を吸った。

 「人類70億に対して、約10分の1の数だよね。けれど野生の猫は?数はどれだけいると思う?」

 「そ、そんなの知らないわよ。ていうか、知ってたって意味無いでしょう!私たちは飼い猫の保護をしているんだから!」

 鈴菜はそう言い返して、負けまいと野島の目を睨み返した。まさに一触即発といった感があり、僕はハラハラしつつも、いざとなったら野島を押さえつけるために動こうと体を移動させる。野島は野島で、鈴菜を睨みつけるのをやめて純一に目をうつして、それから僕を見て言った。

 「小田切君、君なら答えてくれるかい?猫たちが僕らよりも進化して、そうして文明を築いたら、僕らの今やっていることを何と伝えているだろうか。」

 急にふられて焦った。が、焦りながらも想像力が言葉を紡いだ。

 「第二次世界大戦の後で、ユダヤ人がドイツのナチスに対して思ったようなことを、もし仮に猫が文明を持った日が来たとして、そうして僕らが猫を去勢していたということをどこかで知ったとしたら、思うかもしれないね。ガス室に送られなくなっても、そのかわりに去勢だなんて、僕が猫だとしたら絶対に嫌だもの。」

 答えを聞きながら、僕は鈴菜に噛みつかれるかと思うほどの怒気を送られ、そうして純一はどこか頷くような感じ。野島は、目を閉じて何かに思いを巡らせているような態度だった。

 「やっぱり、こういった質問は君の答えが一番しっくりくるね。」

 そう言うと野島は、階段の上から僕らの方へ下りながらつづけた。

 「北原さん、君の答えじゃ足りない。自分たちがどれだけ恐ろしい選択をしているのかを忘れたら、やっていることはナチスと変わらない。そう、小田切くんは言ってくれた。」

 「なによそんなの!それっくらいわかっているわよ!」

 「だったら笑いながら子猫の前で、明日は去勢手術だねとか言うな!」

 「なによ…。いいじゃないそれくらい。私なりに励まそうと思って頑張ったのに何よ!」

 「励ますにも他にいくらでも方法はあるだろう!なのになんだよ!子猫の両手を持ち上げてオネエ言葉で。なんて言った!?」

 「いいじゃない…。もうやめてよ。なによ、どうしてそんなに責めるのよ…。」

 鈴菜が半泣きになっているのに気がつくのが遅れた。せっかく今年になって入ってきた新入生なのに、野島の馬鹿は容赦がない。

 「はいはいはいはい!そこまで。野島!やり過ぎだって何度言われたらわかるんだよ!この馬鹿!!」

 僕はそう言って野島の頭を平手ではたいた。鈴菜が泣き出していることに、そうしてようやく野島も気がついた。純一はいち早く察していたみたいで、廊下の先を両手にジュースの紙パックを持ってこちらに駆けてきている。

 「ったく、ごめんな、鈴菜。こいつ毎年新入生がくるとこうでさ。三年前に僕もおんなじように言いたてられてさ、純一なんか去年思いっきり泣かされて今だにこいつ見ると引く癖がついてるくらいさ。」

 「…私も、そうなりそうです。」

 ぐしゅぐしゅっと泣き腫らした目で、状況を理解した鈴菜が僕らを見て答えた。

 

閉じられた書物は二度と開かない、人

 結局のところ、野島の言い分も鈴菜の言い分も、どちらにも同じように正しさがあり、そして同じように間違いがある。けれどだからといってどっちもしないはない話だし、それじゃあどっちをするのかと言ったら、そもそも野島の言い分でこれまでやってきた人々がいて、その結果捨てられる猫があちこちに増えて、そこから生まれた言い分が鈴菜の言った方なのでそっちをとるしか今は他に方法はないのだ。それでもあんなことを野島が言うのには理由がある。といったところで言い分が通るはずもないのだが。

 「ちょっと、小田切。何考えこんでんだよオダギッチャン!」

 野島の馬鹿声が考えを停止させた。

 「いや、君がどれだけの大馬鹿なのかをね、ちょっと考察してた。」

 「なんだよそれー。」

 とかく、この子は頭でっかちで手がつけられない。と、こいつの出身校の先生は挨拶しに来て言った覚えがある。高校から動物に興味を持ち、飼育記録や観察報告などでずいぶんといろいろな話題をさらったスーパー高校生だったんだが、うちの大学に入る前からこの部にいて、そうしてでかい顔で威勢を存分に張り倒していた。なんで先輩たちがこいつを張り倒さなかったのかそこがよくわからない。そうしてついに今年、うちの大学に入学してきたわけだが、鈴菜にとっては最悪のできごとになっていたりするんじゃないかと。…心配だ。

 「だ・か・ら!小田切!!」

 「る・る・さ・い!思案ぐらいゆっくりさせろ!」

 「てかだったらさっさとこんな部屋の掃除おわらせて俺開放してくれよ〜」

 「え?」

 言われてあたりを見回すと、僕はいつの間にか部室の掃除をさせられていた。

 「なんで僕が君と部室の掃除を?」

 「なんでって、北原にそう言われたじゃん。」

 「あ!」

 そうだった。あの後、鈴菜と純一が二人してやってきて、あれこれ言われて面倒だからと引き受けたんだった。

 「あああぁ。大学4年にもなってまた部室の掃除をさせられるとは…。」

 「バッカじゃねえの。」

 「うるさい!こうなったのもお前がやり過ぎたのが原因なんだからな。僕はここでこうして思案にふけっているから、掃除はお前がひとりで片付けてさっさと帰りなさい。」

 「何だよそれ、先輩風ふかしてさ〜。」

 

1000年の夜が訪れて、やがて開ける朝

夢をみない人の下には、夢も見れない人が育つよ

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